なんとなく日記

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今日はユウの修学旅行(二泊三日の信州旅行)の最終日。さらに、カヨの学年は遠足で飯盒炊爨。よりによって今日がこんな雨とは… 昨日まであんなに晴れて暑かったのに。雨だとやはりまだ少し肌寒い!? 僕も今日は昼から家を出て夜遅くまで2件の会合に出席という珍しく立て込んだ1日でした。家を出る直前まで溜め息モードだったけど、行くとなったら気合いじゃ、気合い!

本日はそこはかとなくウダウダ書いてしまったので、久々に「続きを読む」で…
まず、社協で地域の福祉に関する話し合い。漠然と“福祉”という枠で話しをすると、障害福祉、高齢福祉、児童福祉… 止めどなく話しは尽きない。要するに、自分達の住む地域に困っている人がいるのをどうすれば良い方向にもっていけるのか、を話し合っているのかな。そこには結局、障害だの高齢だの児童だのって区別は要らないように思える。困ってる人はみんな同じようなことで困ってる!? 逆に言えば、何も困ってない人なんてこの世には、たぶん、いないと思う。人出がない、時間がない、お金がない… それに、動けない。みんな「~ない」ことに困ってる。困ってることを「言えない」人も困ってる。そんなこと言い始めたらキリがない。キリが「ない」だけに、どうすればいいのか解ら「ない」ので困ってる。今までいろんな状況に関わってきたというご年配の民生員さんやボランティアさん達は、いくつもの絡まったダンゴ結びを長い間どうやってほどいてきたのでしょう… みんなが「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」って困り果てて、慌てて、モガいてる中、「こういう道もあるんじゃない?」と問いかけながら、少しでも「有る」ものを探して、見付けて、「ない」をひとつずつ消しているんだと思う。「ない」の反対には必ず別の何かが「ある」らしい!? 

でも、自分自身それを見付けるのは難しいし、それだけじゃ納得いかない。その時の気分とか、気持ちとか。頭で思うことと、心が感じることは同じじゃない。解っていてもイヤなものはイヤ、と言える自分も欲しい。そういう考え方って“福祉”という理念とは反してるのかもしれないなぁ…  と、この話し合いの場にいる自分の適性を疑ったりもする。けど、これも意見。受傷直後の中途障害者には、誰でも必ず落ち込んで凹んでどうしようもない時期があると思う。その時期に「本人の気持ち次第」とか「やる気の問題」とかいう言葉はあまりにも正論過ぎて心に届かない。普段からリーダーシップを取ってガンガン活動している強い心の持ち主には理解しがたい“言い訳”としか聞こえないかもしれないけど… 自分が困っているのを認めたくない人達というのを、深みに沈みきって溺れてしまう前に、上手く浅瀬で拾い上げる手段が必要なんだと思う。そういうのを、世間一般では“甘やかす”と言うのかな!?

みんなでいろいろと話しながら、考えながら、自分の思い・考え方が自分の中でも二転三転を繰り返す約3時間。知恵熱でオーバーヒートしそう。結局、最後には自分の意見がどっちを向いているのか分からなくなってくる~ 

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